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沖縄慰霊の日

記憶に留めておく日

昭和天皇は、かつて(1981年 8月)国民が記憶に留めておくべき日を、四日挙げました。

本日の沖縄戦終結の日広島長崎原爆が投下された日、そして終戦記念日

この日の両陛下は、毎年、自室で黙祷を捧げるそうです。もし、慰霊祭の時刻がほかの行事に重なっても、その時間だけは避けてもらうようにお願いをするそうです。 (『平成の天皇と皇室』 高橋 紘 著 文春文庫 358 p.23)

本日、その「沖縄全戦没者追悼式」(沖縄県主催)が、沖縄戦最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で開かれ、安倍首相、仲井真弘多知事、遺族ら約4500人が参列したそうです。

小生も、かつて「平和の礎」を訪れたことがありましたが、言葉を失いました。

沖縄戦では、日本兵が沖縄の住民をスパイ容疑で処刑したり、集団自決を促したことは史実でありましょう。

また、鉄血謹皇隊  とか ひめゆり隊 など、いわゆる学徒隊の惨状は、そのときに伺い、強い衝撃を受けたものでした。

現在も、沖縄戦についてはいろいろな意見を伺いますが、多くの慰霊碑を前では、何も考えることはできなくなります。

そのとき、ふと思ったことは、こうして亡くなった方たちは、石に刻まれていることを知ったらどう思われるだろうか・・・です。

どうして、こんな戦争をしてしまったのか。

ある人は、日本がABCD包囲網など、窮地に追い込まれたとか、ルーズベルト米大統領の陰謀だとかいいます。その証拠にハルノートを引用する人もいます。

しかし、小生は、皇国史観にもとづいた国体、そして石原莞爾など旧陸軍エリートたちの暴走と無能さが一義的な原因だと思っています。

戦後、昭和天皇は、早速「人間宣言」をして、皇国史観を払拭しようとされました。

ところで、沖縄の人が悲惨だった原因は二つ挙げられると思います。

ひとつは、地理的条件だと思います。南方から北上してきた米軍の標的は、まず、日本の最南端にある沖縄でした。

次が、皇国史観を押し付けられたことです。

本土でも、皇国史観に基づいた教育がなさされ、一億総玉砕を促されていたそうです。それに反した思想があると疑われただけでも、投獄、処刑されたといいます。

本土と同様なことを、日本国民である沖縄の人にも強要したのです。

しかし、沖縄の歴史、つまり琉球王朝からの歴史を伺うと、本土とは同一な思考で考えきることはできないと思います。

戦後、返還されても、基地問題が残ったままです。

そして、いまも、同じ日本でありながら、歴然とした経済格差が続いたままです。

最近、沖縄の人たちを批判する「ネット右翼」がいますが、こうした史実を実際に踏んでから発言をすべきだと思います。

遺された沖縄の人たちを、補償金欲しさで活動していると決め付けてかかっている人がいます。

しかし、もと日本兵上官が、沖縄の人を救済したい一心で、「上官命令をしたという証言」をしたと聞きます。

そうした心を、踏みにじってはいけないと思います。

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