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徴用船

喋りたくない過去

拙宅の両隣は、鮪(マグロ)漁船の船員さんでありました。

左隣は、Aさんといい、コックとして30年間、遠洋漁業船に乗り込み、一昨年、陸に上がりました。小生の釣仲間でもあります。

右隣は、Oさんといい、40年前に陸に上がった人で、今年の春に 91歳で亡くなりました。

さて、姪っ子が、夏休みの宿題として、漁船をテーマにした研究をしたいと拙宅を訪れてくれたことがありました。

小生は、一昨年、義弟と共同で持っていた釣り船を手放したので、それに乗せてあげることはできなかったので、左隣の Aさんを紹介しました。

その後、どんなやり取りがあったのか分かりませんが、先月、その Aさんと一緒に太刀魚を釣りに行ったときにその話題が持ち上がりました。

Photo_78 Aさんによれば、姪っ子は、「徴用船」について Aさんに伺ったようです。しかし、「徴用船」は65年前の話で、Aさんはその時は生まれていなく、詳しくは知らないと言うことで、Aさんの知り合いのSさんを紹介したと言うことです。そのSさんは85歳の方で、徴用の経験を持った人なんだそうです。

(徴用船とは、太平洋戦争のとき、軍部から徴用された民間の船のことで、船本体と共に乗組員も同時に徴用されました。ところで、海軍と言えば軍艦を連想するかもしれませんが、実際に活躍した船の数は、圧倒的に徴用船のほうが多かったのです。)

そして、そのSさんの話によれば、なんと Sさんは、拙宅の右隣の Oさんと一緒に太平洋戦争のとき徴用されたんだそうです。

Oさんは、第五福竜丸事件の翌年あたりから、「原爆マグロ」の風評がたたり、せっかく苦労して獲ってきたマグロをすべて処分した経験のある方で、それを機に陸に上がった方です。

そんな Oさんは、亡くなるまで一言も漁について話すことはありませんでした。ただ、小生の子供たちに、編み物のセーターとかマフラーを作ってくれました。

当時、遠洋漁業の暇な時間は、海の男たちは、なんと編み物をして暇を潰していたのですね。

Oさんは、家族にも戦争の話は一言も喋らなかったそうです。 きっと忘れたい記憶なんだったのでしょう。

そこで、姪っ子と同じように、徴用船について Web で調べたところ、詳しい記録を探し出すことができません。

そんなこともあって、小生は、Wikipedia に、「焼津港の徴用船」を執筆してみました。 (小生の Wiki でのハンドルネームは、「富田功」で、もちろん本名ではありません。)

また、海軍に徴用された「特設艦船」についても加筆しました。よろしければ、ご覧戴き、ご指導願えましたら幸甚です。

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