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ペンは剣より強いか

平和憲法のお陰で、日本に戦争がない ?

昨日の文化の日をはさんで、この連休に、さまざまなイベントが繰り広げられています。

その中のひとつ、憲法についても、昨年ほどではありませんが、いろいろな集会が開かれて、そのひとつを覗いてきました。

とにかく、日本の歴史上、60年以上も平和が続いていることは江戸時代以来のことで、ましてやひとつの憲法が、改正されることなく60年も続いていると言うことは、有史以来、特筆すべきことで、世界遺産級の出来事のようです。

そこで、この平和憲法が、日本の平和を実現していると言う‘発言’が、跋扈していますが、ホントに憲法が平和を実現させているのでしょうか。

憲法の前文を見ますと、「世界の良識を信頼して、武器を放棄する」と、読み取れます。つまり、武器を放棄することは、世界を信頼することが前提となります。

しかし、北朝鮮のように、何をしでかすか分からない国を隣に持っている状態で、はたして、その隣国を信頼して武器を捨てたままでよいのでしょうか ?

テレビドラマのように、自分か武器を捨てれば相手も武器を捨てる・・・なんて、うまい具合にゆきますかねぇ・・・・ ?

ところで、「ペンは剣より強い」という諺がありますが、この文章が成立するためには条件が要ります。つまり、ペンで書く文字を理解する能力があることが前提です。

ペンは、文字や絵を書く道具です。剣は、人を殺す道具です。しかし、両方とも‘メッセンジャー’としての意味を持ちます。つまり、ペンは書くことによって相手に自分の意思を伝え、剣は持つことによって、相手に威圧感を与え、防御の一面をも持ちます。

ですから、このメッセージが伝わるかどうかは、こちら側ではなく、相手側に、その理解能力があるかどうかです。

こちらが、どんなに高邁な理想を掲げても、相手が理解してくれなければ意味がないと思います。

そしたら、こんな意見を言う人がいました。

「こちらが、高い理想を掲げれば、周りもそれに従うだろう。われわれは、思想を善導するのだ・・・。」

それを聞いて、小生は、びっくりしました。

本気でそう思っているのでしょうか。

そこで、たとえ話をします。

よく、田舎に行くと、「無人販売」があります。  季節の農作物などが並べてあり、その横に缶が置いてあります。

日本人なら、100円玉を缶に入れて、その農作物をひとつ戴きます。

ところが、中国人などは、「無人販売」なんて見つければ、農作物も、缶の中のお金もそっくり戴いちゃいます。

外国人の友達に聞けば、夜間の自動販売機は、金庫と品物を放置しているようなもの・・・なんだそうです。

外国人が増えてから、日本は自販機荒しが増え続け、「無人販売」は、田舎でしか見れなくなりました。

他人を見て、善人と見るのか、それともドロボーと見るのかは、その人の勝手でしょうが、お人よしもそのぐらいにしないと、犯罪を助長するばかりだと思います。

ハナシを戻します。

「武器を放せば、相手も放すだろう。」

「そのメッセージは相手に伝わるだろう。」

「・・・・だろう。」という思い込み。

しかし、現実的には、日本には、自衛隊があり、海上保安庁だってあります。

憲法では、武器は持たないことになっておりますが、ちゃんと持っています。

そして、それがある程度の抑止効果になっています。

加えて、日米安全保障条約があり、いちおう日本はアメリカの核の傘の下で守られていることになっているようです。

でも、実際に、有事の際に、アメリカが本当に約束を履行してくれるかは、わかりませんね。

また、日本人が拉致をされていて、領土の一部も占拠されています。

自分の土地ではなくて、離島のことだから、自分には関係のないこととして、無視してよいのでしょうか ?

自分の家族、親戚に拉致被害者がいないので、無視してよいのでしょうか ?

さて、結論です。(疑問です)

平和憲法が、今までの日本の平和を守ってきて、これからも守ると言う理屈は、理論として成立するものなのでしょうか ?

ペンと剣が、武器としてケンカした場合、それでもペンが勝つと思っているのでしょうか ? 

一旦振り下ろされた剣を、ペンで受けることが出来るとでも思っているのでしょうか ?

ペンの価値には限度かあって、その価値の寿命は、剣が振り下ろされるまで、或いはミサイルのボタンが押されるまでです。

次に、合意について考えてみましょう。日本人は暗黙の了解なんて言葉があるように、あいまいのままで合意することが出来ます。

しかし、日本人と同じような感覚を、外国人が持っているのでしょうか。

言語も、文化も、基本的な考え方、つまり善悪の判断も、外国と日本とでは違うと思います。

われわれ日本人は、外国人と合意をする前に、まず、相手を理解する努力が必要だと思います。

相手も、自分も人間・・・だから、話し合えば分かり合える・・・なんて、最初から思い込んでいるのは危険だと思います。

地震などの天災と同様に、不意にミサイルが自分の頭上に落ちてくることが在り得るご時世です。心配や不安を助長させることはよくありませんが、それでももっと自分の生命財産を守る議論が沸き起こってもよいような気がします。

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コメント

あらま様
お互いに理解しあっているという前提なのですが・・・
世の中には、いえ、日本には常識のない人が多すぎます。
常識ってもともと日本語ではなく、カモンセンスを翻訳したものだそうです。そしてカモンセンスとは知識ではなく、考え方(センス)なんだそうな
自分が武器を捨てたとき、相手が切りかかってくると考えるのが常識のようです。
ところで、北朝鮮は傲慢にも6カ国協議に復帰するに当たり、今後日本は参加不要とのこと
今まで北朝鮮と話し合おうと語ってきた人々はいかがいたしましょう。相手が話し合いたくないんですもん・・・

投稿: 佐為 | 2006年11月 4日 (土) 17時19分

佐為さま、まいどであります。
今、ニュースを聞きました。
北朝鮮は、ヤッパリ、アメリカとの二カ国間協議を望んでいたようですね。
まずは、うるさい日本を外す。
日本を外しても、問題ないですから。
ついでに、脅しに一発、日本に核でも打ち込みましょうか・・・。
将軍様は、そんな感覚でしょう。

投稿: あらま | 2006年11月 4日 (土) 17時42分

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