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昭和天皇を描く

映画「太陽」

この映画を小生は観ていません。

今朝のテレビでは、それがどうやら、日本各地で配給されると言う報道でした。

現在、東京のごく一部で公開されているそうですが、鑑賞後の感想は概ね よかった と言います。

ただ、小生は、小生の住むイナカに配給されても、決して観ないでしょう。

なぜなら、昭和天皇のイメージを崩したくないのです。

いずれにしても、「富田メモ」と同様に、タブーを犯す事態が、これからも続くでしょう。

これは、国民的に、皇室に対する「畏敬の念」が薄れている証しかもしれません。

逆に、この映画「太陽」を観て、天皇が「人格者」であったことを感じたといいます。

これは、国民の皇室に対する意識が、畏敬から同情の念へと移行する恐れを感じます。

小生は、そこが怖いと思うのです。

天皇は、日本人にとって単なる「人格者」ではありません。

天皇は、ジェントルでもノーブルでもホーリーでもありません。

小生は、どちらかと言えばディグニティーであると思っています。いぇ、やはり言葉に表せないものがあります。

それなのに、皇族を演じる日本人がいたとは・・・。

皇族の発せられる「オーラ」は、役者が演じる程度の次元ではありません。

それもこれも、時代の趨勢なのでしょうか・・・。

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» 曖昧性からの脱却 [隻手の声(佐藤節夫)The voice of one hand.]
日本人自身のココロの問題ですね。 [続きを読む]

受信: 2006年8月25日 (金) 10時32分

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