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天の岩戸籠り

「引き籠り」と「待機」

家の中に引き籠ったままの人たちが、問題になっています。

リストラされて、次の機会を窺っている「待機」などと違って、引き籠りしている人は、その引き籠った場所を「安住の地」にしています。

「待機」をしているときは、外部にアンテナを向けて、情報収集する一方、今までの自分を振り返る機会でもあります。

それを例えて「天の岩戸籠り」と、称する人もおります。

この「天の岩戸籠り」は、日本神話「古事記」にみえます。

この天照大神(あまてらすおおみかみ)の事件の解釈には、様々な議論がありますが、とりあえず、天照大神が、弟神のスサノオの命(みこと)の暴挙に対して、「自己反省」をして、国を治めたという解釈が一般ですね。

最初に、こうした解釈の仕方をした人が、禊教の教祖 井上正鐡(いのうえまさかね)といわれております。当初、国学者たちは、井上のこの解釈を支持しておりませんでしたが、その後、碩学らの研究により、支持されるようになりました。

当時の天照大神には、武力的にも絶大な力があったそうです。したがって、スサノオの命を力でねじ伏せるのは容易なことでした。

しかし、そうした武力を使わないで、徹底的に自己反省をして問題を解決した。それが日本の建国の精神だというのです。

諸外国は、戦争をして、国家を統一したのでしたが、日本はそうではなかったというのですね。

日本武尊(やまとたけるのみこと)の東夷は、武力による国家統一ではなかったのか、と言われますが、それはあくまでも「防衛」で、国家統一の大号令をかける途中に、止むを得ず護身のために武力を使ったというのです。

そのひとつが、静岡県静岡市の草薙、そしてその隣の焼津市の名前の由来です。それは・・・

日本武尊が東夷の途中、賊に襲われ、周りから火責めに遭います。そのとき日本武尊は、周囲の草を薙ぎ倒して、そこに「迎え火」を放ち、難を逃れたというのです。

このように、剣は人を切るためではなく、「防衛」をするために使われたのですね。

こうした類の言い伝えは、他にも残っているようですが、手塚治虫の「火の鳥」で描かれているよりも、総じて古代の日本統一は平和的であったようです。

これが、日本建国の精神であり、日本皇室の皇祖皇宗の信仰の基となっていると言われております。

そういうわけで、天照大神の「岩戸籠り」と、現代ニートの「引き籠り」とは、根本的な違いがあります。

ここで注意をしておきたいことは、天照大神には絶大な力がありながら、それを行使しなかったと言うことです。「丸腰だった」から引きこもったのではないのですね。

そこのところを「平和論者」は誤解しているのです。国防には、十分な防衛力と、それが行使できる環境が必要なのです。その上で、国家の統一、安寧を考えると言う順序があります。

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