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国際的日本人-2

感謝されない日本人

 小泉首相は12日(日本時間同日午後)トルコ・イスタンブールのホテルで、1985年のイラン・イラク戦争時、テヘランに取り残された日本人救出のために特別機を飛ばしたトルコ空港の元機長アリ・オズデミル氏と会い、感謝の意を伝えた。
 首相は、イラク軍がテヘラン空爆を開始する中での救出劇に触れ、オズデミル氏に「日本の航空会社が特別機を飛ばせず、あなたが引き受けてくれなければ、救出できなかった。砲弾の飛び交う中での救出に日本人は皆感動した」と述べた。
 【イスタンブール12日-共同】

この件に関しては、1月12日付けの「小泉メールマガジン-第217号」[らいおんはーと ~ 小泉総理のメッセージ]● トルコ訪問 にも記されています。

私は、こうした「謝辞外交」も必要かと思います。

外務省に言いたいのですが、謝辞外交で思い出すのが、1975年の昭和天皇のアメリカ訪問です。

その時、昭和天皇は心から、戦後の復興に協力してくれたアメリカ国民に感謝の意を表しました。それを聞いたアメリカ国民は、昭和天皇が平和を愛する「エンペラー」であることを知り、その後の日米関係がより緊密になりました。

恩を忘れないことは大事なことですね。

と、書くと、外務省のお偉方は、「皇室外交だから・・・」と目をそらしますが、外務省は外務省なりに日本外交のスタイルを改めなければならないと思いますよ。

さて、戦後の日本人の評価とは、いったいどんなものだったでしょうか。

世界の奇跡とも言われた日本の経済復興。しかし、勤勉だと自己評価する日本人に対して、世界の人は「エコノミック・アニマル」と評して、その経済至上主義に顔をしかめていました。

そして、1991年の第一次湾岸戦争、イラクのクエート侵攻のとき、世界各国がアメリカを中心にしてクエートを助けました。日本も巨額な資金を拠出して、イラクのクエート侵攻に対抗したつもりでした。そして後日、クエートは、全世界の新聞に、謝意を表す広告を出しました。

ところが、その宛名に「日本」の名はありませんでした。

このことに、当時の故 金丸 信 副総理は、涙を出して残念がり、国際貢献が認めてもられない日本を憂いました。

そうしたこともあって、今回、憲法を拡大解釈をしてまでも、イラク復興に努めているわけです。

日本は今でも、借金をしてまでも、世界に巨額な援助金を出しつづけています。

しかし、感謝されていません。かえって「こじき根性を引き出している」という批判もあるくらいです。

要求されるままに金を出すばかりで、心から感謝するという基本的なことを、日本外交は失っているままです。その中での、今回の小泉首相の行為には光るものを感じます。

わたしはこのブログで、特定アジアを非難しています。

そこで、日中関係にしても、色々な思惑があるかと思いますが、日本人孤児を育ててくれたことに対する感謝の意を、中国および中国人民に、しっかりと表したでしょうか。

あのときの日本の対応は、国交を回復したばかりの中国に対して、「中国は貧しい国だから、孤児は日本に帰国しようとする。アメリカだったらそんなことはなかった。」と孤児を難民のように見る意見が大勢を占めました。

戦争直後、日本人孤児と知りながら育ててくれた中国人里親に対して、国を挙げて侮辱してしまいました。それが一層の反日感情につながったことは明かです。

最近では、フィリピン孤児の国籍が問題になっています。これも、日本外交のサボタージュによるものと言われても仕方ないと思います。

ところで、首相は、サマーワには寄っていかれなかったのですね。

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