悔やまれる初動救助の遅れ
ガレキの下から叫ぶ声が消えた・・・
12日に起きた中国四川省大震災の様子が伝えられています。
阪神淡路大震災の 30倍とも言われる大きなエネルギーの揺れで、死者 5万人、罹災者 一千万人を超えると中国政府は推計していると言います。
そこで日本は、震災直後に緊急救助チームを結成、派遣に備えました。
ところが、中国はそれを拒否。それでも日本は派遣に備えていました。
事態の深刻さと、日本の外務大臣の説得で、中国はようやく日本の緊急救助隊の受け入れを認めました。
早速、現地に飛んだ日本の救助隊でしたが、時既に 4日が経過。初動救助のリミットといわれる 72時間を大幅に経過していました。
そこで思い出すのが、阪神淡路大震災での当時の村山首相の対応の遅れです。
1995年 1月 17日、阪神淡路大震災が世界中に伝えられると、早速、スイスやフランスから救助の打診がありました。
救助犬を派遣すると言う各国からの申し出に対して、日本政府は躊躇しました。動物の検疫の問題、それ以前に救助犬について日本政府は無知でした。
ようやく外交ルートで、スイスとフランスの救助犬は、震災の 2日後に派遣されました。外交ルート外のアメリカのボランティアによる救助犬の派遣は、結局、実現しませんでした。
それでも、派遣された救助犬の活躍は目覚しく、日本でも救助犬が改めて見直される切っ掛けとなりました。
このように、災害は、いつ、どこで、どんな規模で起こるのか予想がつきません。
そういうわけで、常に、各国からの援助が受けられるように、日ごろから受け入れ態勢を整えておかなければなりません。

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